ペチのアメリカ生活雑記帳

ほんの数年の息抜きの予定だったアメリカ生活… 気がつけば、在米歴20年を超える月日が流れていました。 私のブログは、基本的に、日本の家族への生存報告です。 お菓子作りのこと、クラフト、語学の覚書、日記、ひとりごと、食事記録、旅行日記その他、思いつくままに書いています。 よろしければコメントください。

写真は、捏ねないパンのレシピを適当に変えて、水分の多い生地にして、一晩寝かせる前に、フランスパン風にして焼いたもの。きちんとベーキングストーンを使って余熱した高温のオーブンで焼いたらばっちりでした。

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私、スピ関係の体験談とかのブログをなんとなく読むのが好きで、これは、子供の頃から、「家庭の医学」を愛読してみたり、学生時代、心理療法の体験記とかにはまった経験に近くて、あと、ごく普通の生活を書いている方のブログとかを読むのも好きなのだけれど、ここしばらくはまっているのは、ブルースモーエン・メソッドを使った死後探索の体験談。お話として、面白く聞けるから。

聞いているうちに、(とっても楽しく聞けたのだけれど)あやうく、「やっぱり死後の世界というのは、メタフィジカルな意味以外には存在しないんだな。だって、結局、これは、人間の知覚を通してのみ体験できるものであり、人間が全員死に絶えたら、幽霊が見れる人はいないもの」と思ったんだが、翌日、大きな落とし穴に気が付いた。

これは、私も含めた人間の魂が完全に滅びるという前提の上に初めて成り立つ。私の魂が不滅だとすれば、死後も永遠に「私」の思いは続くわけで、「ない」とはいいきれないか。

閑話休題。複雑深遠な真実を人間の言葉で語るのは不可能だから、生まれ変わりとか神とかユニバースとかの概念を使ってしまったほうがはるかに簡単だから使うのであって、あくまで、人の頭の中でおこっている心理学的、あるいは、精神医学的な現象、あるいは、科学的には、頭の中の化学物質の微妙な変化、タンパク質か何かの形で記憶の中に蓄積されているもの、あるいは、それが、遺伝子の一部として組み込まれてしまって...

という説明も、100年くらいしたら当たり前になるかもしれないけれど…
あと、大学生の時に心理学のクラスで催眠について学んだ時、結局、霊感の強い人と催眠にかかりやすい人というのは同じような性格特性を持っているんだなって思ったり、催眠っていうのは、結局、相手を100%信頼しないとかからないとわかったし、このあたり、自分で想像して入っていかないと入っていけないところがあるっていうのもわかったんだが…

思いが現実を作るのだとすると、果たして、想像と創造には、はっきりした違いがあるのかなあなんて気にもなってくるが...

あ、また話がそれた。
ようするに、いろんな体験談を聞いていて、私が、どうでもよいところでざめざめと泣き出すことがあると前にも書いた。
私が泣き出すのは、必ず、若くして死んでいった才能豊かな人々の話。前は、「なにもできない私が生き残って、なぜあの人たちが」という自責の念だと思っていた。でも、なにかが違う。

これって、私の過去世?私もまた、愛する人をこの世に残して、若くして世を去った過去世を持つのだろうか?

それを考えると、いきなりの涙の説明がつく。

そして、もう一つ気が付いた。

私、わりに、人から期待された、言われた通りの人生を歩んだり、試験の結果を出したりする傾向があって、試験の結果に関しては、無責任な、「大丈夫、あなたらならできるわよ」だけは、総崩れするんだが、「そう、どうせ、あなたのことだからね、失敗するのは当然よね」は、必ずあたる。「あなたが悪い子だから」と言われれば、「悪い子になりすます」「あなたはわがままだから」「あなたが気が強いから」「あなたは何をやっても大丈夫」「あなたならどこに行っても生きていける」「あなたはおかねに困らない」「あなたが男の子の代わりなのよね。お父さんがさぞ喜んでいるでしょう」

そして、よ~~~~~く考えてみれば、私に、「お勉強をしていい学校に入りなさい」とか「いい成績を取りなさい」と言った人は一人もいない。期待した人もいない。



私は、丈夫に育つように、近所で一番おてんばだった子にあやかって名前を付けられた。
とにかく、たくさん食べると周りが喜んだから、いつも、がんばっていっぱい食べていた。
ひたすら丈夫で健康でありさえすればよいと言われて育った。
あ、正確には、「ただニコニコ笑っていればいい」というのもあったけれど。

そういえば、女らしくしろとかきれいにしろとかも言われたことはなかったような...
ブラだけはつけろって言われたけど。

だあれも信じてくれないと思うけれど、小さな子供だった私は、大人の期待に応えようと精いっぱいだったんだと思う。

とんでもなく勉強ができたけれど、体が弱くて20歳前後で亡くなってしまった伯父や伯母の話は子供の頃から何度も聞かされていたっけ。

私自身が、小さく、弱く生まれたから、大切に育てたのだと、何度も聞かされている。

そして、関係があるのかどうかわからないのだけれど、私がはしかにかかって大騒ぎしたという話に関係すると思われる、私が2歳か3歳の頃に取り壊している古い家についての唯一の記憶。
大人たちの脇で布団に寝かされている私の記憶...

そうか、この思いが、私を縛っていたのか。
さ、わかったからには好き勝手に生きるぞ。

しかし、そうか、そうか、どうりで私は勉強してこなかったんだな。
学校の夏休みの宿題すっぽかしても誰も叱らなかったもんなあ。
ひたすら健康な子供になって生きること、それが私の課題だったんだね。

そして、手祖を見てくれた方が、「この手相は、本当に、子供の頃に病気(喘息とか)で大変は思いをするはずなのに、丈夫に育ったということは、きっと、誰かが守っていてくださるのですね」と言われたことが、いまさらながら、納得できる。

歯の定期健診でレントゲンをとったら、古い治療済みの虫歯の再治療が必要と言われて、行ってきた時のこと、あとで痛くなるかもしれないからと痛み止めをもらいました。

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キットカットとお水つき。
まあね、強い痛み止めだから、空腹時に飲んではだめよってことだったんですけどねえ。
歯医者でチョコレートねえ。

この歯、アメリカに来て初めて治療した歯で、その時に、お医者様に言われた通りに痛み止め飲んだら、そのまま目が回っているような感覚になって動けなくなって、会社だったので、車を置きっぱなしにして同僚に家まで送り返してもらって、そのまま24時間近く眠り続けたことがあるのです。

今回は、市販薬だったのでそれほど強くないとは思ったのですが、この歯はもともと痛まないんですよね。麻酔がとれるまで4時間くらいかかって、終わって、どうしようかなあって思ったのですが、結局飲まずに終わりました。

でも、治療は終了しなくて、現在、抗生物質を処方されています。早く終わるといいなあ。